2024年8月13日火曜日

平野啓一郎「ある男」

 平野啓一郎さんの「ある男」を読んだ。これに惹かれたのは、「自分の人生をリセットして別の人生を歩む」人のストーリーだからだと分かる。そもそもは、Kindleの読み放題としてリストアップされていて、無職となった私が貧乏心から「つまんだ」のだ。だが、この「つまみ」は面白かった。平野啓一郎さんは、京都大学在学中に芥川賞作家となった人、というくらいの知識しかなく、しかも「何だか難しい言葉を使う作家」というネガティブなイメージが自分の中にはあった。作家には思想の変遷があるという事をこの物語を読んで理解し、そして平野さんの「分人」という考えを知るに至って、この物語に自分が惹かれた事の意味を了解したのです。

 小説では別の人間の戸籍を買って、自分の過去を全て捨て去り、新たな人生を静かに田舎町でスタートさせた男が主人公になっている。その町で一人の女性と出会い、子供を設け、幸せな暮らしをしていたが、事故で亡くなる。残された妻が男の本籍のある家に連絡を取ると、その男が全く違う人間だった事が分かる。数年間一緒に暮らし、子供まで設けた男は一体誰だったのか?

 「分人」とは、一人の人間が分離不能な「個人」(individual)として自己認知、自己認識されるのではなく、いくつかの別れた人格の集合体(divisual)として成立するという考え方だ。これが平野さんの創作活動の新たな柱になっているのだが、私はこの考えを知った時、ふっと救われるような感覚を持った。だって、少し前までは「ある会社のある会社員」であって、社会的な認知もその看板一つだったけれども、私の中には、その会社員としては、全く相容れない人格がたくさんあり、そのことにずっと悩んでいたからだ。

 会社員という社会的な看板を外した今、自分は全く社会から抹殺された異邦人というような感覚を持ってしまっていたけれども、そもそも「会社員という個人の一枚の単一なレッテル」という考え方自体に無理があったのだろう、と気づいた。いくつもの顔を持った複合的な自分という風に考えると、楽に生きていくことができそうな気がする。

 #平野啓一郎 #ある男 #分人 #無職 #中年フリーター 




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